運輸業、ひとりの仕事量増えた末(残業トラブル)

2020/02/24 │ 新着情報

2018年12月、運送会社に勤める男性(当時42)が自ら命を絶ちました。直前1カ月の時間外労働は203時間にのぼったといい、遺族はそんな過酷な勤務がうつ病を発症させ、男性を追い詰めたと訴えています。運輸業界の人手不足とも、無縁ではなさそうです。

状況

男性の妻によると、男性はもともと大型トラックの運転手だった。食料品などを運ぶ運送会社から誘われ、14年に入社した。埼玉県の新しい物流センターが立ち上がるタイミングだった。運行管理者の資格を持っていたため、運転手の差配や冷凍倉庫の在庫管理に責任をもつセンター長をまかされた。
 
 昼は取引先とのやり取りに追われ、夜も運転手たちからの連絡が飛び込んでくる。もともと数人で分担していた事務作業も、根が真面目で仕事ができたからか、ひとりでこなす量が増えていった。午前7時から午後11時まで働くのが日常になった。職場に人がいないと電話が男性の携帯電話に転送されるため、深夜の呼び出しも珍しくなかった。
 
 妻は時折、声をかけた。
 
 「生きてさえいれば、なんとかなる。仕事がきつければやめちゃいな」
 
 そんなとき男性は「もうちょっと頑張る」と答えた。
 
 仕事量は増える一方だった。亡くなる1年ぐらい前から、休みが取れなくなった。18年11月ころから、自らトラックに乗るようになった。繁忙期の年末に向けて人繰りがつかなくなったのだという。埼玉県と京都府を往復したこともあった。会社で寝泊まりする日も増えた。ときどき頭が痛いと訴え、頭痛薬を手放せなくなっていた。
 
 12月25日。男性はクリスマスケーキを手に、午後11時ごろ帰宅した。取引先の菓子業者からもらったという。
 
 一緒に食べながら「初詣は佐野厄除け大師に行こう」「来年は結婚10年目だから、一緒になんかしようね」と語り合った。
 
 日付がかわった午前2時ごろ、携帯電話が着信した。男性は「トラブルがあった」と言って会社に向かった。
 
 「いってらっしゃい。気をつけてね」。それが生前にかけた最後の言葉になった。
 
 その日の午前6時半ごろ、男性は神奈川県内の高速道路の路側帯に車を止め、高架下に身を投げた。
 
 車の中に残された会社用のノートには、妻へのメッセージがあった。「今までありがとう。何も出来なくてごめんね」。切羽詰まった、ぐちゃぐちゃの字だった。
 
 妻は考え続けている。「ちゃんと帰ってきて」と言えば良かったのか、仕事をやめさせるべきだったのか……。会社帰りの電車の中で、夫が自分のあだ名を呼ぶ声が聞こえた気がして、涙が止まらなくなったこともある。
 
 妻ら遺族は労働基準監督署に労災を申請。今年1月には会社に対して未払いの残業代を求め、東京地裁に提訴した。代理人弁護士が男性の仕事用パソコンの記録などをもとに調べた時間外の労働時間は、直前1カ月で203時間、直前6カ月は毎月170時間を超えていた。いわゆる「過労死ライン」は月80時間とされる。
 
 今のところ、男性の労務管理などについて会社から遺族への説明はないという。会社側は「対応できる者がいない」とし、取材に応じていない。
 

 ■続く運転手不足、相次ぐ労災

 
 男性は妻に対し、「運転手が同時に2人辞めてしまい、求人を出してもなかなか応募が来ない」と打ち明けていたという。
 
 運転手不足は業界の課題だ。昨年12月の「自動車運転の職業」の有効求人倍率は3・39倍(パートを含む)で、全職業平均の1・53倍を大きく上回る。帝国データバンクの集計では、人手不足を要因とした道路貨物運送業の倒産件数は13~19年で74件あり、全業種で最も多いという。
 
 人手不足が続くと長時間労働も招きやすくなり、それが労災にもつながる。
 
 長野県の運送会社の男性(当時43)は17年1月、商品配送先の駐車場で倒れ、急性大動脈解離で亡くなった。労災を認定した長野労働基準監督署によると、発症前1カ月間の時間外労働は114時間だった。広島県で17年1月に追突事故で死亡したトラック運転手(当時25歳)の遺族は18年10月、損害賠償を求めて勤務先を訴えた。事故前6カ月の時間外労働が月平均102時間だったとしている。
 
 運送業の労働組合でつくる産別組織・運輸労連は毎年5月、トラック運転手へのアンケートを実施している。
 
 19年の調査では、8063人に連続運転時間を聞いたところ、国が定めるトラック運転者の労働改善基準を超す「4時間以上」と答えた割合は24・2%だった。
 
 調査の前月の残業時間を尋ねると、「(60時間から)80時間まで」「100時間まで」「100時間以上」があわせて23・1%いた。「残業はしているが時間はわからない」も15・3%あった。
 
 19年4月から導入された残業時間の罰則つき上限規制(中小企業は20年4月から)では、「自動車運転の業務」への適用は5年間猶予された。理由について厚生労働省は、他業種よりも労働時間が長いうえ、取引慣行などもあるため、個々の事業主で改善を図るのが難しい、としている。
 
 運輸労連の難波淳介中央執行委員長は「イーコマース(電子商取引)が急速に発展し、配送の個数が増えている。荷送り側や荷受け側を含めたサプライチェーン全体で運転手の労働時間改善につながる取り組みが急務だ。人手不足に対しては、他業界より低い賃金の引き上げが必要」と訴える。
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