いじめ虐待|生活トラブル

2020/02/26 │ 新着情報

「良い学校に入れたい」「成績を上げたい」といった思いから、親が子どもに勉強を押しつけ、虐待にエスカレートすることがあります。そんな教育虐待によって、首都圏で暮らす40代の両親と息子(13)の家族はバラバラになりかけました。なぜ虐待に至るのか。体験談から考えます。

受験めぐり過熱し暴力、不登校に

 親子3人は1月、東京都内であったシンポジウムに招かれ、虐待に至る経緯や当時の思いを率直に語った。
 
 端緒は息子が小3の夏。中学受験のため塾に通い始めたことだった。親子とも軽い気持ちでスタートしたが、成績は思うように伸びなかった。
 
 小4の夏。父親が初めて息子を怒鳴りつけた。「最初は我慢していたが、しきれなくなった」。以来、父親がつきっきりで勉強をみるように。次第に深夜まで続くようになった。
 
 父親の暴言も始まった。「勉強をやれ。殺すぞ」。包丁を突きつけ、頭をたたいたり水をかけたりした。
 
 息子は自律神経をおかしくし、腹痛が始まった。小5のある朝、息子はソファから起き上がれなくなった。父親は初めて異変に気づいた。息子は学校に行けなくなった。
 
 父親は暴力や暴言を一切やめた。だがその後、息子は怒りが抑えられなくなった。穏やかだった性格が一変。とりつかれたように壁を殴り、父親そっくりの怒り方で母親に当たった。食事をとらずに骨が浮かぶほどやせ細った。
 
 父親がNPO法人の虐待加害者更生プログラムに通い始めると、少しずつ状況が改善し出した。加害者同士でグループワークを重ねるうちに、父親は初めて自分の行為は虐待だったと気づいた。
 
 公立中学に進んだ息子は、まだ学校に毎日は通えず、腹痛も完治はしていない。でも、友人と遊んだり、週末は父親とサーフィンを楽しんだりできるようになった。シンポジウムで息子は「一人でも多くの人に教育虐待がここまでつらいんだと知って欲しい」と訴えた。
 

「競争力つけないと」説教され母も不眠に

なぜ虐待したのか。父親は「教育はスパルタが一番いいと思っていた」と語った。
 
 自身の中学受験では、最難関校を目指した。第1志望校に落ち、次の進学校に受かると、周りからは「大失敗」と言われた。
 
 社会に出ても、厳しい競争にさらされた。就職した大手金融機関では目標を達成できないと、ファイルを投げつけられ、ひっぱたかれた。「競争社会とはこういうもの。社会に出たときに負けないようにするために、能力をつけさせなきゃいけない」。そんな思いがあったという。
 
 なぜ虐待をとめられなかったのか。母親は、追い詰められていった状況を涙ながらに話した。
 
 優しくて尊敬できる相手だった夫は、息子の成績が上がらず、どんどん変わっていった。「急にできるようにはならないよ」。最初は夫に言い聞かせようとした。だが、「うるせー、黙れ」と怒鳴られた。息子が寝ると、夫の説教が夜中の2時、3時まで続いた。自身も不眠に陥った。
 
 息子がやせ細り、人格が変わったように怒りをぶつけてきたときは、「夫の暴言より一番つらかった。子どもを深く傷つけてしまい、後悔してもしきれない気持ちになった」と声をつまらせた。
 
 テレビ番組の特集をみて初めて「夫がしているのはDV」と気づいた。「刺し違える覚悟」で更生プログラムに通うよう夫に求めた。
 
 すぐにDVと気づけなかったことについては「ゆでガエルのように徐々に感覚がマヒしていった。子どもが憎くて厳しくしているのではなく、『お前は受験の厳しさを知らない』と言われ、分からなくなっていった」と話した。
 

目標と方法わかれば変われる NPOが更生プログラム

 
 全国の児童相談所が対応する児童虐待件数は2018年度、15万9838件と過去最多を更新。暴言をはくといった「心理的虐待」が最も多く、55%にのぼる。
 
 厚生労働省によると、これらの虐待をした理由については統計上、把握していないという。
 
 ただ、11年ごろから過度な教育を押しつける「教育虐待」が広く認識されるようになり、「しつけ」を理由に死亡にまで至らせる深刻な虐待も後を絶たない。今年4月施行の改正児童虐待防止法などは、親らの「体罰禁止」を明記。厚労省のガイドラインは、体罰の具体例として「宿題をしなかったので、夕ご飯を与えない」などを盛り込んだ。
 
 父親が通う更生プログラムは、横浜市のNPO法人「女性・人権支援センター ステップ」が11年から実施している。活動の柱はグループワーク。毎週2時間の会合を1年(計52回)続ける。参加者の行為を自分と重ね合わせて聞くことで、自身が虐待をしていたと気づくきっかけになるという。
 
 鍵は「自分を怒らせた相手が悪い」という被害者意識から抜け出せるかどうか。身体的な暴力は短期間でほぼなくなり、言葉の暴力も約1年かけると8割の加害者はしなくなるという。栗原加代美理事長は「変わりたいという目標を持ち、どうすれば変われるか方法が提示されれば人は変われる」と強調する。(中村靖三郎)
 

その言動、虐待では?

  1. 相手を力で支配しようとする
  2. 親の提案に従わない時に罰を与えて、無理やりさせる
  3. 成長させるために、叩いたり怒鳴ったりする
  4. 「何回言ったら分かるの?」「ダメな子ね」「産まなきゃよかった」などと、否定・批判し続ける
  5. 物を投げる
 (NPO法人「女性・人権支援センター ステップ」への取材から)
PAGETOP